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吉本思想と吉本主義者

学生時代、あちこちに吉本主義者がいた。ウル・マルクス研究から教えられたことは、マルクス主義とマルクスがちがうことの文献解釈の徹底であったが、思想的には吉本によるマルクス主義批判の徹底さであった。わたしは、自らの行動において、谷川雁の工作路線を選択、<主義>の集団性優位や教条化させて自己を従属させる仕方を拒否し、あくまで「自闘」をつらぬいた。吉本主義者は、本質論よりも情況論を優先させ、その境界が自立論であり、闘争ネグレクトを正当化するのに使う。ここがなじめなかった。理念があれば、それを実際闘争にするというわたしの仕方は、マルクス主義者、党派主義への完全な拒絶による新たな闘争行為の創出にあり、闘争は語るものではない、することだ、に徹した。

吉本さんの妥協のない思想闘争に、実践闘争の仕方を読んでいった。ぶれないように、本質論と政治思想論を文学論とかならず重ねて読むという仕方を貫いた。吉本さんにも直接、僕は吉本思想を学びますが絶対に吉本主義者にはなりませんと表明し、接しつづけたが、それが好意をもって受けとめられた。
ここは、自立をどう自分へ引き受けるかの差異として、吉本理解を亀裂させる。つまり、思想をとるか思想家をとるかである。これは、知識人批判をもって大衆主義になるか、大衆も批判対象になるかの分かれ目でもある。寝ていても思想では闘っているという思想家を理解しえるが、その思想を了解し、自分は寝ているわけにはいかないという行動をわたしはとったし、産業社会批判、消費社会批判は大衆批判となる不可避の理論行為を捨てなかったことで、吉本主義にはならなかったいえよう。

作品を作家に還元してはならないという批評論も同質である。しかし、氏の人柄には日に日に敬意がふかまっていくが。わたしは、思想からスタイルを学びとってしまったといえる。どんな人にもいっさい妥協しない、ソーシャルなことを優先させない自分の理念を貫くということは、吉本思想から学んだ。そして、対的な人間関係を最大優位にたてるという姿勢もである。また、吉本思想的態度は、井の中の蛙が地下で世界に通底するとなるが、わたしは世界へひらくことで世界線をバナキュラーにおとすという手法をとった。

民族国家批判が共有項になるが、ナショナリズム論では、わたしは大衆ナショナリズムより根源に少数の場所エスニシティを設定する。国家共同幻想は否定するが、場所共同幻想の創出が重要だと考える。アジア的ということの切れ目である。メキシコでの生活体験がなければここはわからなかった。西欧主義でないことが、共有されたともいえようか。ここは、吉本思想を世界へ開いていく上でのポイントになる。わたしは、吉本思想に自己を閉じない。

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