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吉本思想・吉本論理・吉本理論

吉本思想とは、吉本さんの自己表出、その文体でありスタイルであり、立場であり、そこから対象化された世界であり、固有のもの、吉本さんにしか表出しえないものだ。文芸批評における言語思想をその基軸にしている。それが、本質論を不可避に表出させていった。誰をもよせつけない硬質なものであるが、また、有無をいわせず包摂し得ていく力をもち、またそうではないものを強固に破壊しうるほどのパワーをもっている。しかし、吉本さんは、敵と戦うが、敵を尊重し、そことの論争・対話を拒絶しないし、対者の自由を尊重している。戦争責任論、自立論、マルクス主義批判、プロレタリア文学批判、天皇制批判、などはその基盤にあった。

吉本論理とは、対象にたいして、吉本思想をはずしても残りうる普遍力をもった論理、たとえば、共同幻想と対幻想と自己幻想は次元がちがうというような、対象化されたものである。吉本概念において、吉本固有の独自論理がある。これは、指示性に開かれているが、自己表出には高度に閉じて、他者の論理を論破していくものにもなっている。吉本さんのマルクス理解などは、吉本論理であるといえよう。

この界にくると、ヘーゲル理解やラカン理解やフロイト理解など、その専門主義家たちは、ちがうと表明していくことにもなりうるが、そんなことよりも吉本固有の論理からみられた創造的なもので、正しいとかそうではないとかいう評定は意味があるとはおもえないものだ。本質論理への問題設定は、ここを論じているといえよう。

吉本理論とは、吉本さんから離脱しうる可能条件にあるものだが、吉本思想と吉本論理から敷衍されていくもので、わたしたちの方が固有に了解し、使って、自分の論理へと構成でき、かつ、ある普遍的な理論化がひらかれていくものだ。自己表出と指示表出、共同と対と個、そして原生疎外と純粋疎外といったものは、それがなされうる。この言語を語ると吉本さんは、それはあなたの論理だと言って、自分のものではないというスタンスをとられる。

指示性だけをとりだしていくとそうなっていく。わたしにたいして、あなたの国家論、社会論を、徹底して創造しなさい、という対応をとられる。吉本さんのものではない、という関係性を氏自身がとられるといってもいい関係と了解の域にあるものだ。

この3つの次元は、ともするとごちゃまぜになって、氏からの肯定性をうけたりまったく違うという否定性をうけたりしてしまうが、わたしにはどちらであれ、わたしはわたしの理論化において、吉本思想をふまえつつ吉本論理をデプラスマンするという態度をつらぬいている。この緊張関係は、かなりのものになったりするのだが、わたしが何を考察せねばならないかを、明快にさせてくれるものでもある。なんどか、そういうことがあったが(社会主義と社会主義国のちがい、学校批判の限界、技術の自然過程的進歩と産業消費社会批判など)、2008年6月6日、それはかなり決定的なものとして表出した。わたしは、これを機に自分自身へ大きな飛躍をはかることができると確信した。非自己的心的現象、場所共同幻想、そして述語的指示性理論、資本自己表出論といったものが、わたし自身へむけて明確になってきた。

闘っている「敵」とその敵がいる位置がちがう、そういう立っている時代の場所が違うということとしてである。吉本批判はわたしにはない。しかし、吉本思想を未来へ拓くという「世界」位置にわたしはたっていることにおいて、生起する本質的な微差であり、それはかなり大きなズレを不可避に生起するであろうということだ。フーコーが「自己技術」としてくくってしまったところに、心的現象のより根源を見るというわたしの了解場である。なにがおきたかは、いずれわたし自身が語ることになろうが、いまはもっと冷静に思考していきたい。
昨日、わたしは「プラハ」にいたが、吉本さんは「東京」にいた、ということの規制性からうみだされてくるものだ。「プラハ」にいたことをわたしは、浮かせたくない方法を「場所―世界」として、アジア的なものの意味としてしっかりせねばならないのだ。

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