トップページ 心的現象論本論(+序説) 心的現象論発行について
■ 編集理念

30年にわたる吉本さんのワークにたいしてしかるべき支払い(文化的報酬)がなされる文化生産の経済化を基本にすえる。それは、既存の印税10%というあまりに著者をないがしろにした商業出版経済にとらわれないこと。
新たな文化資本生産としての出版である。商品ではなく、「資本」の生産であること。資本の生産形態の開発であること、そして読者は消費者ではなくこの文化資本生産事業の文化経済投資家であること。高度でハードで難解な書がきちんと制作・刊行されていく文化環境を、300市場として創出していく。試行終刊後、10年にもわたって、本書が刊行されえなかった、その出版現実は克服されてしかるべきである。オンデマンド生産形式によって、それが可能となっているが、商品生産の論理から実現はされえない、あくまで資本生産の論理を同時に構築していくこと、また分配環境をかえていかないとならない。
文庫化・新書化がすすむ情況とまったく正反対のハードで難解な知的財産になる物理的にも厚い書を、「書の物質文化」形成として刊行していく。

■ 編集過程

高橋輝雄による2段組み版を基礎に、竹中龍太が編集・制作にあたった。2007年版は終了し、すべてをやりなおし、EHESCマネージメントによる刊行をアレンジした。また、吉本さんが序文を書きたいと熱望されるも、しかし、お身体の状態が執筆しうる状態にないため、聞き書きしつつ構成している(2008年5月現在)。第一次制作は、2007年になされたが、EHESCが生産総体に責任をもたねば本来の創造がなされないと結論し、新たに研究者自身で2008年に資金調達をふまえて新生産体系をととのえた。第一次購入者は、愛蔵版41、普及版138あわせて179部がつくられ読者の手にわたった。貴重本であると解していただきたい。愛蔵版購読者へのケアは、新登記された方には対応している。
第二次刊行体制を構成せざるをえなかったのも、いかにこうした著書の刊行が難しくなっているかの現れであろう。しかし、わたしたちはめげることなく、しかるべき経済次元においてこの刊行の実施をはかっているが、300部が確実に読者の手によって読まれていくこと、その文化度に開かれる経済性であって、経済に文化が従属するようであってはならない。
「序説」も入れたほうがいいでしょうということで、愛蔵版を決定本にすべく編集した。また、普及版はあくまで広報用と考えている。わたしたちの思考様式は、既存の商品生産とは逆立させている。商品を否定するものではないが、商品によって文化が疲弊する傾向は回避する。したがって、商品の社会規則の動きはしていない。読者にも高度になっていただきたい。

■ 愛蔵版は「資本」として、「良いgood」なものとして創出すること
これは、しっかりしておかねばならない。絶対的にゆるがせてはならない、いかに価格があがってしまってもです。
この、役目は、「心的現象論」が「心的現象論」そのものとして、物質文化をともなって、存在しうるということです。つまり、「本」として、存在していることです。情報なら、資料集や情報データとしてあればいいわけで、そうではない、21世紀の思想書として、文化資本として、経済的にも可能な存在として、総体において存在しているということです。
また、同時に、資本と商品の共存として、「本論」単行本と共存させておくこと、この相反性を共存させていく、これがこのたびの文化生産の基本であるということ、さらにここを商品論理に従属させてはならないということです。
それを、実行する技術として、オンデマンド生産方式とオフセット生産方式とを、つかいこなしていくこととなります。資本生産の技術と商品生産の技術との相互性です。価格と経費との経済関係が当然はいってくるわけで、これをホスピタリティ・マネージメントとして構成しうる諸条件をととのえていかねばなりません。


商品マネージメントですと、制度への依存をアレンジするとなっていきます。流通にどうのせ、書店へどうのせていくかという、依存です。そこに商売は成立しているわけですから、その規則と論理へ依拠・従属するほかなくなっていきます。卸〜%、印税〜%、という相対比率の規則や慣習がはいってきます。生み出す条件としてそれが作用しているとはどうしてもみえません、ただ、疲弊していく作用としてです、いまの現状では。

そこでわたしたちは、愛蔵版の資本生産においては、絶対価値を設定していこうと考えるにいたりました。〜%ではなく、単純に1冊にいくらとしてです。それを、関係者の方々に説得していく、理解していただくというように働きかけていきます。そして、そこに多様性をうみだしていく、個々の対応がちがうものになりえていく、対的な交通がなされていくことだということです。ですから、こうならねばならないという規定はない、つねに変更しうるものとして自由度におくということです。最低条件はあるわけですが、それをきちんとふまえてです。

経済を作用させないということではない、それは最低限規制としてきちんとしていくが、しかし経済関係に絶対的に文化生産を従属はさせないということです。これは、商品の常識からはスケールアウトすることがおきますが、そこを克服し解決していく道を創造しようということです。関係スタッフは、ここに努力をすると動いています。そして、もっとも重要なのは、読者=文化投資者との直接交通による販売およびその後の文化生産アクション、つまり「読まれ、理解されていく」という基本です。