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2020年4月発売 
128頁 
定価:1,500円(税別) 





 新型コロナウイルスで世界中が大変なことになっているが、そこには医療と医療化との違いが混在されて、多分に混乱が派生してもいる。つまり個別身体に対する医療行為の次元と、医療領域ではないのにそれが人口を対象にして医療化されてしまっているための混乱だ。
 まず個々人の自律性の癒す力次元と、いわば、医療化された社会世界での産業経済や産業的統治政策の社会次元と、痛み・病い・死に対する文化的次元とが、医療行為と医療化との関係の中に一束たんにこめられて混乱している。医療行為は本質的に患者と医師の1対1の「身体」を対象にしたホスピタリティ的な関係にあるものだが、医療化は多対多数の「人口」の場に置かれたサービス的な関係に置かれている。これが、エンデミック/エピデミック/パンデミックと拡大していく過程で、人口総体に対する統治の技術の問題になって、そこに医療行為ではない物事が医療化判断され、諸個人の自律性が医療化依存へと転倒する。アフリカの餓死者、世界の交通事故死亡者よりも少ない死亡が、今にも自分の脇に起きてくるかもしれない「不安」「心配」が医療化された意識において、まだウイルス自体が何であるかが解明されていないことに対応して拡大する。1000万人人口の東京において1日41人の感染が発覚した途端に、数万人(?)感染拡大が想定され都市閉鎖の様態へと危機拡大される。歴史的に、疫病はそれが衰退してからワクチンが発明されるのであって、医学的処置が疫病を鎮静させたのではない。人類はウイルスとの戦いを生き抜いてきた。医療は後追いで、その鎮静後の拡大を制御してきた。
 医療化の浸透は、依存意識と依存関係の自律力麻痺を拡大させているもので、さらに歴史的には保健衛生を媒介に人口統治のパワー関係と経済の医療化を拡大させた。産業的な経済活動が他律様式において拡大したのだ。この領域が、予防の統治の医療マターによって医療自体ではない経済の停滞を余儀なくさせられる。当事者たちは、自己身体生命の存続に関わる事態になるが、非当事者たちは生存危機に関係づけられるかのようになってしまう。つまり、いかに生命的な存在に関わり無いことをなしていたかが逆生産的に露呈してしまうのである。医療の臨床的技術次元、医療化の社会的次元、そして生命に対する文化的次元を混同せずに考える自律性を自らに取り戻す機会である。
 オリンピックを前に「ホスピタリティ」と「おもてなし」の関係をサービスとの関係も含んで明証にしようとしたのだが、パンデミック現象によってオリンピックは延期されることになった。日本の茶文化、メガネの技術は、典型として他律様式と自律様式の均衡関係に配置されており、またホテルの営みはその総合体であるのだが、ホスピタリティ(1対1)とサービス(多対多)の原理・技術の相反的関係の根源を見直す指標である。もてなしは、その二つの様態の「物語化」になる。本質から社会表象事態を考えねばならない。
 医療化サービスは〈わたし〉と無縁の関係に配備されるが、医療行為は〈わたし〉に直面してくれるものを言う。感染病に対面して医師たちはそこに引き裂かれてしまう中で生命を賭して戦っている。そして、まだ感染していない自分が病いに対峙するのは自律性であって、他律性ではない。
 書籍内容
▼茶と利休
田中仙堂インタビュー / 聞き手:山本哲士

▼「ホスピタリティ」と「もてなし」とサービス
窪山哲雄インタビュー/ 聞き手:山本哲士

▼眼鏡と視覚のホスピタリティ
多根幹雄インタビュー/ 聞き手:山本哲士、矢野雅文

▼『源氏物語』の宴 女二宮の降嫁と「ただ人」薫
小嶋菜温子

▼豊かな視覚環境を創るホスピタリティ技術
矢野雅文

▼ホスピタリティとサービスと「もてなし」の資本経済様式
山本哲士

【カラー特集】
西日本の石風呂文化
写真・文 東海林美紀

【iichiko note】
ミツバチが棲む場所
河北秀也

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