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2017年10月発売 
128頁 
定価:1,500円(税別) 





 概念言表が新たにつくられただけでは概念空間とはならない。概念と概念との関係が概念空間となり、言表の織りなす言説がそこに編成されうるが、その言説生産が述語的になされるか主語的になされるかで、まったく違ったものになる。本誌の31年間の文化生産の営みと蓄積の中で、世界第一線の研究者や日本の先達の偉大な所業を学びながら、やっとその地盤にまで辿り着いた。哲学地盤であり、文化地盤であり、歴史<現実>の地盤である。しかし、その地盤は、近代形成の過程で活用されながら、反転され、同時に徐々に忘却され、記憶喪失の中で消し去られようとさえしている。人々は、地盤の忘却をどこかで感じながら、しかし、目の前のシビアにして安楽な現実性の利益に追われて、安楽さの中の<不安>に揺さぶられている。日本語が主語文法に転倒され、述語言語を忘却し、技術科学が分離客観主義一辺倒になり、非分離技術を忘却し、経済は商品一辺倒になり、資本を忘却し、生活社会は規則に覆われ、場所の幻想・環境が忘却され、アートは対象を模写イメージするだけで、対象自体を喪失しているためだ。生活する民による染織技術などは際立ったアートであった。つまり、生命的時空、表現的時空、歴史的時空、美的時空の<地盤>が転倒され、現実喪失の「現実性」がすべてを覆ってしまったからだ。そこに保障された、便利さ・快適さ・安楽さは、消費的空間において、もはやそこでの欠如は、それなりに充足されてしまっていることも関与している。この近代移行への断絶に、かつて日本人は果敢に立ち向かってきた。しかし、産業的社会経済の行き詰まりの先への断裂・切断への連続には、躊躇しているのも、地盤喪失を直感しているためであろう。
 だが、地盤は確実にある。日本文化が数千年にわたって形成し蓄積してきた述語制文化の多様にして固有な<場所>地盤である。日本語はそれを文法転倒されても保持しえているし、方言はかろうじて残滓しており、伝統技術は消滅寸前にありながらも存続しえているし、何よりも私たち自身の身体的・生命的な遺伝子変えはなされてはいない、無感情のエイリアンへは分岐しなかった。つまり、非自己閾において確保されている。
 西欧において数百年、日本において百数十年の主語制様式(客体への分離綜合)への浮上は、もはや機能停止状態の徴候にあるが、その下の地盤の普遍的な述語制様式は残滓している。それは、日本列島の地形形成の物質的構造化と環境生態化を記憶化した、有機的姓名文化遺伝子として、場所ごとに残存し、ナショナル特化されるものではなく、新たな普遍性への指針となりうるものだ。そこの概念空間へ、実際的な言説生産を編成し、対象・概念・技術・理論・主題を構成して、具体実際を暮らしに生かせるものにしていけるための、新たな<知>の飛躍がなされねばならない。本誌は、そこの切断的連続、連続的非連続に、地盤の明証化をもって新たな段階水準を突き進み、継承への通道を拓いていく。欲望の元の<享楽>の疎外地盤であり、<もの>の表出地盤である。

 書籍内容
【連載8】
▼「他者」としての日本文法の行方 浅利 誠

【連載】印欧は述語制から主語制にどう変化したのか
▼ その5 受け身、自動詞、他動詞、使役を結ぶ連続線 金谷 武洋

▼ 主語制様式から述語制様式へ:新たな知への飛躍 山本 哲士

▼ 人間と調和するホスピタリティ科学技術
― 持続可能な人間・自然・地球環境との共存 ― 矢野 雅文

まなざしの歴史(3)
▼ 近世古典の長谷川派と江戸大和絵の二つの新古典、応挙と蕭白 楠元 恭治

【カラー特集】
アットゥシとアイヌ文化

【iichiko note】
コンサートの場所
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