文化科学高等研究院出版局(ehescbook.com)の書籍を紹介するページです。
 トップページ >> 書籍紹介 >>武士制の文化学 PART-2



2011年4月発売 
128頁 
定価:1,500円(税別) 
  




 たいへんな災害がおきた。そして、そのなかで、機能していたのは、どうみてもホスピタリティであった。すべてをうしないながら、たがいに「助け合う」、人の高潔な尊厳であった。それが、世界中から驚愕をもって、賞賛された。「助ける」ことしかしえなくなっている世界は、日本人の「助け合う」姿に驚いたと言えるのではないだろうか。「助ける」関係は、こちら側に在って向こう側にはないもの、こちら側になくて向こう側に在るもの、という分離の関係になっている相互性であるが、「助け合う」は双方が同じ場所に立って非分離に関係し合う相互性である。この公社の場所において「助け合う」がホスピタリティであるのだが、それを自然的になしうる日本人であるということの、高潔さdignityである。それが、コンビビアルに働いていた。ホスピタリティとは、dignity,conviviality,generosity(気前良さ、寛容)の3つの原理にある。
 同時に、そこに、隠れて作用していたものは、堅忍、耐久する、ひとつの徳、日本人の心的な構造になっている、かつて「武士道」といわれたものに対応するなにかであった。義、勇気、仁、礼、誠実、誇りなどが、「死の覚悟」の中で、生きて在ることだ。神・儒・仏の日本的な統合の「心為」である。
 津田左右吉は、武士道と大和魂とを混同してはならないとしたが、新渡戸稲造や九鬼周造が、日本的な性格として論じた事は、明治近代化に流されない、高潔な精神の閾がどこにあるかの示唆であったといえる。新たな次元で、日本的なものと世界的なものとの関係の仕方において、構成されていくべきものがあるようにおもえる。それは、歴史の見直しと本質原理の見直しとの、新たな再構成に浮上してくるものであろう。
 つまり、わたしたちがつかみなおしたいのは、武士の世界を可能にしたものは何であり、そして武士がその後の世界へむけて可能としうるなにを開いていったのかである。そこに、これからの日本の新たな設計の普遍的な可能条件があるように思えるからだ。武士道は、道徳論でしかないが、その土台となる武術には、技術論の可能閾が、非分離・述語性・場所、そして非自己の地平に構成されていた。
それはまた、日本の芸術文化においても構成されているようにおもえる。もののあはれ、わび・さび、あるいは「いき」などとして表象はするが、そのさらなる根源にながれているものだ。武士による武術の自己技術と統治の形態、そこにおいてうみだされた文化や経済や心性、それは場所から創造されたものである。しかも、生活の技術となっている。作法として制度化される以前の、根源があるようにおもえるのだ。まだまだ、それをさぐりあてていく端緒でしかないが、「武士制」を少しずつ明らかにしていきたい。それは、善の機能ではなく、美の機能である。
 書籍内容
▼ 鎌倉幕府の特質について 本郷惠子

▼ 源行家の軌跡 長村祥知

▼ 鳥居強右衛門の虚像と実像 金子拓

▼ 武術の述語技術と武士道の違い(上):剣の非分離表象をさぐる

 山本哲士

▼【特別インタビュー】
 偉大さのエコノミー:社会批判と道徳感覚 リュック・ボルタンスキー

▼ La literatura venezolana en perspectiva Gregory Zambrano
  ベネズエラ文学の情況〈後編〉 グレゴリー・サンブラーノ

▼【カラー特集】<日本刀の文化技術>後編
  日本刀

▼【iichiko note】MLBの場所 河北秀也
<書籍紹介トップに戻る>