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2010年7月発売 
128頁 
定価:1,500円(税込) 
  




 太宰治は、なぜかくもたくさん語られえるのだろう。漱石や龍之介に比して、21世紀にはいってからは、太宰論が圧倒的に多くなっているのではないだろうか。おそらく語りつくせぬ閾に太宰はあるのだとおもう。彼は近代人間主体におさまりえない存在の深さにであっていたのではないか、それが本誌がなんども太宰特集をくむ根拠である。一義的な統括主体による小説ではない。いかに、近代の言表をつかっていようとも、その近代言説の層からははみだしていく表出創造になっている。
近代自意識は、日本の文学や批評に深く痕跡を残したといえるかも知れないが、それは自己認識の充足にさえ役立っていない。太宰は自意識といえるような主体自己閾を超えた存在を表出しえて、近代哲学がとどきえない閾を描き出しているというのが、本誌の仮説である。主語のない述語表現は、絶対的に英語や仏語や独語には訳しえない、つまり西欧思考がなしえないことをなしえているはずだ、その日本語のランガージュの固有さは、作家に自覚されえていなくとも、創造されえている、これをある普遍閾へとりだしていくことはなにを意味産出することになるのかだ。
本誌が、たくさんあちこちでなされている太宰特集と同じなのか異質なのか、それは書き手の方々の連鎖がうみだすもので、太宰研究の層が、若い方々によって格段と高度になっている、それを尊重するのみである。そこから、不可避に発現してくるものを大切にしたい。批評の次元をこえて文学研究は非常に質が高くなっている、とくに太宰研究はそうだが、文学〈界〉を超えていくものにであいたい。
 書籍内容
▼バベルの書簡--ミステリアス「虚構の春」 中村三春

▼〈象徴形式〉としての能舞台--太宰治「薄明」を中心に 大國眞希

▼信と歓喜--昭和15年の善蔵とメロス 高橋秀太郎

▼〈人間失格〉ノート--名作小説の漫画を読んでみる 榊原理智

▼自意識と非自己:太宰治の哲学 (2)  山本哲士

▼ふたつの中心、あるいはひとつの中心

 1931年3月の太宰治・花田清輝・中野重治 竹内栄美子

▼太宰治「斜陽」論--母性保護論争と「道徳革命」 岡村知子

▼太宰治、リパッケージ そして、『嫌われ松子の一生』 水川敬章

▼シュルレアリスムとレアリスム合体の妙

 ブニュエルの描く夢と現実、聖と俗の世界〈前編〉 渡辺 淳

▼ 【カラー特集】太宰治101 初版本と研究文献

▼総理大臣の場所 河北秀也
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